皆さんは、原民喜ってご存知ですか。
ぼくは、昔、中学校の頃に教科書で読んでました。
この人の書いた原爆小景という誌が、やけに印象に残っていて(もう、20年以上も前のことなのに)
また、読んでみた次第です。
原民喜の作品は、原民喜が亡くなってから、既に50年以上が経過しているので著作権フリーになっています。
なので、原民喜の作品は、青空文庫でも読むことができますが、なんというか、戦時中の作家、ということもあってか、ぼくは本の形で手元に置いておいています。
原民喜は、ぼくにとって、一生手元に置いて、読んでいく小説だなぁ……と感じています。
命をかけて、書いた文章だということが、読んでいて伝わってくるからです。
原民喜の原爆小景を音楽で聴く
原民喜の原爆小景がyoutubeで聴けます。
音楽で聴くと、また、迫るものがあります。
こういうのを聴くと、精神的に辛い、という人もいますが、不思議とぼくは平気です。
むしろ、ぼくは、世界がこういう風に見えることが多いので、なんというか、一人のときはこういう曲を聴くことが多いです。
クシュシュトフ・ペンデレツキの広島の犠牲者に捧げる哀歌なんかも、よく聴いてますね。
この曲は、2017年のぼくの中でのベスト海外ドラマ『ツインピークス The Return』の第八話でも使われていました。
格好イイ、ということ語弊がありますが、本当に良い曲の定義として、心に迫る、というのが重要だとぼくは思っています。
原民喜の特異な文体
原民喜の作品で、まず、一番最初に感じるのは、内容もさることながら、文体の特異さではないでしょうか。
原民喜の文体は、原爆関連の詩作でその特異性を発揮しています。
カタカナでつくられた構成された文章は、印象として尖っており、感受性の強い読み手においては痛みさえも感じます。
『水ヲ下サイ』は、教科書で読んだことがある人も多いと思いますが、これこそが、原民喜の代表的な作品であり、特徴的な文体の本領をもっとも発揮している作品ではないでしょうか。
水ヲ下サイ
水ヲ下サイ
アア 水ヲ下サイ
ノマシテ下サイ
死ンダハウガ マシデ
死ンダハウガ
アア
タスケテ タスケテ
水ヲ
水ヲ
ドウカ
ドナタカオーオーオーオー
オーオーオーオー天ガ裂ケ
街ガ無クナリ
川ガ
ナガレテヰルオーオーオーオー
オーオーオーオー夜ガクル
夜ガクル
ヒカラビタ眼ニ
タダレタ唇ニ
ヒリヒリ灼ケテ
フラフラノ
コノ メチャクチャノ
顔ノ
ニンゲンノウメキ
ニンゲンノ
この文章を読むと、何となく、ぼくは生きているという実感をします。
後世に残すべき文章とは、こういうものをいうのではないかな、と。
原民喜の文体は、あまりにも独特で、だからこそ、今の作家でも影響を受けている人は多いのではないかな、と感じます。
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